第16回 2015年9月23日 秋分

 「秋分」とは、春分と同じように昼と夜の長さが同じになる日のことです。この日を境にしだいに夜の方が長くなっていきます。


 秋の夜長に、ひとり静かな時間を楽しむのもよいですね。日ごろ気にかかっている積ん読の山が少し低くできるかもしれません・・・

 秋の夜といえば「月」、古来より人間と月との関わりは深かったようです。「竹取物語」をはじめ、文学にも頻繁に登場するモチーフのひとつであり、水墨画や浮世絵にも月は数多く描かれています。
 暦や時計のなかった時代は、月の満ち欠けで季節の循環を確かめていましたし、農作物を作るようになってからは、農事も月の動きで決められていました。

 もうすぐ中秋の名月です。ススキと月に見立てたお団子、または里芋をお供えして、お月さまと対話してみましょう。お月見は、元来収穫祭ですから、豊作を祝い、田の神様に感謝を捧げることも忘れずに・・・

 今回取り上げる文字は、「夜」と「月」です。

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夜

「夜」  金文

 

 「大」と「夕」を組み合わせた形です。「大」は、手足を広げて立つ人の姿を正面から見た形で、「夕」は、夕方の月の形を表しています。


 人の腋の下から月が現れている形で、月が姿を現わすような時間帯を「夜」といい、「よる・よ」の意味になります。


 作品は、夜の闇をイメージして、黒の紙に銀色の顔彩を使って書いてみました。
 人が腋の下に「つき」を抱えているようなこの形は、造形的にもおもしろいですね。「つきがある!」「もっている!」と励ましやお祝い事のメッセージとして使えるのでは・・・?、ふと書きながらそう思いました。

「月」  金文

 

 見ての通り、月の形です。月は満ち欠けするものですが、まるい形の日(太陽)と区別するために、三日月の形です。

 「月」と夕方の「夕」と古い字形は似ていますが、甲骨文字では「月」の三日月の中に点がなく、「夕」には点があります。

 金文では逆に「月」に点があり、「夕」には点がありません。まぎらわしいですね。

 

 現代の字形では、「月」には点を二つ、「夕」には点を一つ加えて区別しています。

月

 作品は、2009年の個展「月よみの光を待ちて」のものです。良寛の長歌「月の兔」をもとにして創作しました。


 良寛さんが、今昔物語の中に登場する心優しい兔の話を聞き詠んだ長歌は、次の通りです。

 

『月の兔』
石の上(いそのかみ) 古(ふり)にしみ世に 有(あり)と云(い)ふ 猿(まし)と兔(をさぎ)と狐(きつに)とが 友を結びて 朝(あした)には 野山に游(あそび)夕(ゆふべ)には 林に帰(かへり) かくしつつ 年の経(へ)ぬれば 久方の 天(あめ)の帝(みかど)の 聴(きき)まして 其(それ)が実(まこと)を 知(しら)むとて 翁(おきな)となりて そが許(もと)に よろぼひ行(ゆき)て 申(まう)すらく 汝等(なむだち)たぐひを 異(こと)にして 同じ心に遊ぶてふ 信(まこ)と聞(きき)しが 如(ごと)あらば 翁が飢(うゑ)を救へとて 杖を投(なげ)て 息(いこ)ひしに やすきこととて ややあり(て) 猿はうしろの林より 菓(このみ)を拾ひて 来りたり 狐は前の 河原(かわはら)より 魚をくわひて 与へたり 兔はあたりに 飛び飛(とべ)ど 何もものせでありければ 兔は心異なりと 詈(ののし)りければ はかなしや 兔計りて 申(まう)すらく 猿は柴を 刈りて来よ 狐は之を 焼(たき)て給(た)べ 言ふが如(ごとく)に 為(なし)ければ 烟(ほのほ)の中に 身を投げて 知らぬ翁(に) 与(あたへ)けり 翁は是を 見(みる)よりも 心もしぬに 久方の 天を仰ぎて うち泣(なき)て 土に僵(たふ)りて ややありて 胸打叩(うちたたき) 申(まう)すらく 汝等みたりの 友だちは いづれ劣ると なけれども 兔は殊(こと)に やさしとて 骸(から)を抱(かかへ)て 久方の 月の宮にぞ 葬(はふり)ける 今の世までも 語継(かたりつぎ) 月の兔と 言ふことは 是が由にて ありけると 聞吾(きくわれ)さへも 白栲(しろたえ)の 衣の袂(そで)は とほりてぬれぬ

(訳)
ずっと昔の時代に、あったという。猿とうさぎと狐とが、ともに暮らすことの約束をして、朝には一緒に野山をかけ回り、夕方には一緒に林へ帰ってきて休んでいた。このようにしながら、年月がたったので、天帝がそのことをお聞きになって、それが事実であるかどうかを知りたいと思って、老人に姿を変えてその所へ、よろめきながら行って言うことには「お前たちは種類が違うのに、同じ気持で仲良く過ごしているという。それが、ほんとうに聞いた通りであるならば、わたしの空腹を、どうか救ってくれ」と言って、杖を投げ出して座りこんだところ、「それは、たやすいことです」といって、しばらくしてから、猿は後ろにある林から、木の実を拾って帰って来た。狐は前にある河原から、魚をくわえて来て、老人に与えた。うさぎは、あたりをしきりに跳び回ったが、何も手に入れることができないまま帰って来たので、老人は「うさぎは気持が他の者と違って、思いやりがない」とあしざまに言ったので、かわいそうに、うさぎは心の中で考えて、言ったことは、「猿は柴を刈って来てください。狐はそれを燃やしてください」と。二匹は言われた通りにしたところ、うさぎは炎の中にとびこんで、親しくもない老人に、自分の肉を与えた。老人はこの姿を見るやいなや心もしおれるばかりに、天を仰いで涙を流し、地面に倒れ伏していたが、しばらくして、胸をたたきながら言ったことは、「お前たち三匹の友だちは、誰が劣るというのではないが、うさぎは特に心がやさしい」と言って、やがて天帝は、うさぎのなきがらを抱いて月の世界の宮殿に葬ってやった。その話は、今の時代にまで語り続けられ、「月のうさぎ」とよぶことは、このようないわれであったのだと、聞いたわたしまでも、感動のため墨染めの衣の袖が、涙でしみ通ってぬれてしまった。


 左の「月」の文字の下方で偶々大きく筆が割れたので、月が笑いながら兎に語りかけているような表情になりました。
 天帝に抱えられて昇天してきた心優しい兔に月はどんな言葉をかけたのでしょうか・・・

 右は「兔」の甲骨文字です。下方には、長歌の一節より『兔は殊にやさしとて 骸(から)を抱(かかへ)て 久方の月の宮にぞ 葬(はふり)ける』

 人類にとって月旅行も夢ではなくなってきた現代では、月に兔がいて餅つきをしていることを信じている人はいないと思いますが、たまには月を眺めながら物語を膨らますのもいいかもしれません。
 ちなみに、中国では、月には桂の木が生えているという「月の桂」や、蟇(ひきがえる)がいるという「蟾蜍(せんじょ)」の伝説があるようです。


 最後に、古い戯れ歌を一首、ご紹介します。

「月月に 月見る月は多けれど 月見る月は この月の月」

(訳)
毎日のように月を観賞する月があるけれど 名月を見る月といえば、まさに今月のこの月だね

作者は不明ですが、落語や講談に出てくるようです。


 それぞれに想いを馳せながら、お月様を愛でましょう。
(満月の夜には、人も動物も異常行動を引き起こす確率が高くなると言われています。くれぐれもご注意を!)

 

次回は10月8日 「寒露」の頃に・・・

 

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